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東京地方裁判所 昭和58年(ワ)8868号 判決 1984年7月24日

甲事件原告 志貴野商事株式会社

右代表者代表取締役 國枝哲夫

右訴訟代理人弁護士 山本博

同 萩原富保

甲事件被告 乙事件原告 喜多商事株式会社

右代表者代表取締役 喜多正男

右訴訟代理人弁護士 佐々木良明

乙事件被告 株式会社巌書店

右代表者代表取締役 斎藤巖

<ほか四名>

右五名訴訟代理人弁護士 徳住堅治

同 有正二朗

主文

甲事件原告が別紙物件目録一記載の建物について期限・昭和六七年七月一四日、賃料・一か月金一六万円・毎月末日払、転貸を承諾するとの定めによる賃借権を有することを確認する。

乙事件原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は各事件を通じて甲事件被告・乙事件原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  甲事件

1  原告

主文第一項同旨

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二  乙事件

1  原告

被告らは、原告に対し、別紙物件目録一記載の建物の内同目録二占有部分欄記載の各部分を明渡し、かつ、昭和五八年一〇月二三日から右明渡ずみまで一か月につき同目録二損害金欄記載の各金額の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決及び仮執行の宣言

2  被告ら

主文第二項同旨

訴訟費用は原告の負担とする。

第二甲事件当事者双方の主張

一  原告の請求の原因

1  原告は、昭和四七年七月一五日、訴外國枝甚悦(以下「国枝」という。)からその所有の別紙物件目緑一記載の建物(以下「本件建物」という。)を期間二〇年、賃料・一か月一六万円・毎月末日払、転貸を承諾する旨の約定で賃借して、その引渡を受け、以来これを他へ転貸して、占有している。

2  被告は、本件建物に対する担保権実行としての競売(東京地方裁判所昭和五七年(ケ)第一四六二号不動産競売事件)における昭和五八年四月二三日の売却期日に本件不動産を買受け、同年七月七日代金を納付して、その所有権を取得した。

3  本件建物に設定されていた第一順位の根抵当権は、東京法務局世田谷出張所昭和四八年五月二二日受付第二四七五三号をもって登記されたものであり、本件賃貸借はこれに先立って成立し、引渡がなされていたものであるから、原告はその賃借権を被告に対抗でき、被告は賃貸人たる地位を承継したものである。

ちなみに、本件建物は昭和四七年七月ころにはすでに完成し、同月一九日ころには業務用電力及び水道の供給を受け、原告は同月一八日に本件建物の一、二階を転貸し、転借人らは同月二一日ころから順次店舗として使用を始めたものである。

4  被告は原告の賃借権を争うので、その確認を求める。

二  被告の答弁及び主張

1  請求原因1の事実は否認する。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実は否認する。なお、本件建物についての表示登記は、登記原因を昭和四七年一二月二〇日新築として同四八年四月六日付申請によりなされている。

4  原告主張の本件賃貸借契約は、右表示登記との関係のほか、次の点からも虚偽のものであることが明らかである。

(一) 原告は、本件建物につき、昭和五七年三月一日付で、期間・同日から三年の定めによる賃借権設定仮登記を経由し、次いで同年四月三〇日受付をもって、登記原因を昭和四七年一二月二〇日設定とし、期間を同日から二〇年とする賃借権設定登記を経由した。

(二) 国枝は、本件建物の敷地である同人所有の世田谷区太子堂二丁目四二九番九宅地一五九・三七平方メートルにつき、昭和四七年七月二四日、訴外株式会社第一勧業銀行のため極度額二〇〇〇万円の根抵当権を設定し、同月二六日その登記を経由したが、本件建物については、その際は共同担保に供さず、後れて昭和四八年五月一七日にこれを追加担保に供して、同月二二日にその旨の登記をした。

5(一)  前記競売にあたり、競売裁判所は、原告の賃借権が競落により消滅したものと判断し、4(一)の各登記を職権で抹消した。

(二) 原告は、本件建物の第一順位根抵当権の設定契約上の債務者であり、民事執行法八三条は、執行裁判所が債務者に対し買受人に不動産を引渡すべき旨を命ずることができると規定しているのであるから、原告の賃借権は買受人である被告に対抗してない。

三  被告の主張に対する原告の認否

被告の答弁及び主張4及び5の内、賃借権設定仮登記及び賃借権設定登記各経由の事実並びにその職権抹消の事実は認めるが、その余の事実は否認する。

第三乙事件当事者双方の主張

一  請求の原因

1  原告は、第二、一2のとおり、本件建物の所有権を取得した。

2  被告らは、本件建物中、別紙物件目録二の占有部分欄記載の部分を占有している。

3  右各占有部分の適正賃料額は、一か月につき同目録二の損害金欄記載の金額を下らない。

4  よって、原告は被告らに対し各占有部分の明渡と本件訴状送達の日の翌日である昭和五八年一〇月二三日以降前記金額の賃料相当損害金の支払を求める。

二  被告らの答弁

請求原因1の事実は知らない。同2の事実は認める。同3の事実は否認する。

三  被告らの抗弁

1  本件建物は、甲事件原告が前所有者国枝から賃借しているものであり、その詳細については、甲事件請求原因1及び3を援用する。

2  被告らは、それぞれ甲事件原告から別紙物件目録二の賃貸借契約欄記載のとおり各占有部分を転借しているので、原告に対して転借権を対抗しうる。

四  抗弁に対する原告の認否

否認する。甲事件被告の答弁及び主張のとおりである。

第四証拠関係《省略》

理由

一  甲事件被告・乙事件原告(以下単に「甲事件被告」という。)が競売において本件建物を買受けて昭和五八年七月七日その所有権を取得した事実は、甲事件当事者間に争いがなく、乙事件当事者間においても、《証拠省略》によってこれを認めることができる。また、乙事件被告らが本件建物中別紙物件目録二占有部分欄記載の各部分を占有している事実は、乙事件当事者間に争いがない。

二1  《証拠省略》によれば、本件建物の前所有者国枝と甲事件原告との間に昭和四七年七月一五日付で甲事件請求原因1記載のような内容の賃貸借契約を締結する旨の契約書が作成されており、競売手続においても、右賃貸借契約が有効に存在し、乙事件被告らが甲事件原告から前記各占有部分を適法に転借しているものとの前提で、本件建物の評価がなされ、売却が行われたことが認められる。

これに対し、甲事件被告は、右日付の賃貸借契約は仮装のものである旨主張する。そして、その根拠として考えられる事実としては、《証拠省略》によれば、本件建物について、昭和四七年一二月二〇日新築を原因として、昭和四八年四月二日に表示登記がなされ、同月一〇日国枝名義に所有権保存登記がなされたうえで、同年五月二二日株式会社第一勧業銀行のための順位一番の根抵当権設定登記がなされたのを初めとして合計三件の根抵当権が設定された後、昭和五七年三月一日、甲事件原告のため期間三年の賃借権設定仮登証が、次いで同年四月三〇日、同人のため登記原因を昭和四七年一二月二〇日設定とする期間二〇年の賃借権設定登記がそれぞれなされたが、競売の結果、右賃借権設定仮登記及び同設定登記は抹消されたことが認められ(右賃借権に関する各登記の経由及びその抹消の事実は当事者間に争いがない。)、また、《証拠省略》によれば、甲事件原告会社は、昭和四六年から同五五年五月まで国枝甚悦が代表取締役であり、その後も同人の妻国枝玲子、次男国枝哲夫が順次代表者となって現在に至っていることが認められ、実質上その一族の支配する会社であると推認される。また、《証拠省略》によれば、本件建物及びその敷地に対する根抵当権設定につき事実摘示第二、二4(2)のような事実があることが認められる。

2  しかし、《証拠省略》によれば、甲事件原告は、本件建物につき、昭和四七年五月ころ、東京電力株式会社に貸店舗のための業務用電力の供給を見込み、同年七月一九日からその供給を受けている事実が認められ、また、《証拠省略》によれば、同人は、本件建物二階北側の現占有部分に美容所を開設するにつき、同年七月二四日、世田谷保健所長から美容師法に基づく確認を得た事実が認められる。

そして、右認定事実に加えて、《証拠省略》を総合すれば、国枝は、その所有の土地に本件建物を建てて貸店舗とし、甲事件原告にその賃貸・管理を委ねることとし、同原告は、昭和四七年二月ころ、テナントを募り、同月中に、一、二階について賃借を申込んだ者との間に店舗賃貸借仮契約書を取交わし、そのころから建築を始めて、同年六月中に建物本体を完成させ、同年七月には、一、二階について各賃借人による内装工事がなされたこと、そして、同年七月一五日、国枝と甲事件原告との間に、期間二〇年、賃料・一か月一六万円・毎月末日払、転貸許容の各約定の賃貸借契約が締結され、甲事件原告は、同年七月一八日、一階につき訴外株式会社マンデイと、二階南側につき訴外合田道明と、二階北側につき乙事件被告川上喜道及び訴外内山英夫とそれぞれ賃貸借契約を締結し、各賃借人によって、一階にはケンタッキー・フライドチキン・チエーン店が同月二二日に、二階南側にはスナックが、同北側には美容院がいずれも同月二三日にそれぞれ開店したこと、三階は、右七月当時は内装がなされていなかったが、同年一二月ころには内装が完成し、その南側には、そのころ、甲事件原告自身が碁会所を開設し、北側は、昭和四八年三月六日、訴外大岩正男が賃借したこと、その後、一階、二階南側、三階北側は、それぞれ、乙事件被告株式会社巖書店、同根上千代子及び同藤川富一が別紙物件目録二の賃貸借契約欄記載のころ賃借権を譲受けて、書店、スナック、麻雀屋を営み、二階北側は同川上喜道が単独賃借人となったが、従前同様美容院を続け、三階南側については、当初甲事件原告から碁会所の経営を委託されていた乙事件被告勝部師臣が、昭和五五年九月に賃借人となって、自ら碁会所を営むようになり、それぞれ今日に至ったこと、以上の事実が認められる。

右認定によれば、甲事件原告は、前記の日に真実賃貸借契約を締結して、そのころ、すでに建物としての実体を備えていた本件建物の弓渡を受け、当初はその一部を転貸し残部を自ら使用し、後には全部を他に転貸して、占有を継続してきたものであると認められ、右引渡は前記順位一番の根抵当権設定登記に先立ってなされたことが明らかである。

そして、右認定によれば、1後段の事実の内、表示登記にかかる新築の日付は前記証言に基づき三階の内装を終えた時期に合致するものとして説明されうるし、賃借権設定仮登記は仮装のものであり、賃借権設定登記の内一部事実と相違する点も右新築日付に合致させたものと推測しうることとなり、また、本件建物の敷地に根抵当権を設定した際本件建物を共同担保に供さなかった理由が、当時本件建物が登記をなしうる程度まで完成していなかったことにあるとしても、そのことも右認定を覆すには足らないということができる。他に、以上の認定に反する証拠はない。

3  そうすると、甲事件原告は、昭和四七年七月当時、所有者から本件建物をその主張どおりの約定で賃借して引渡を受け、以来占有しているのであるから、甲事件被告に対して賃借権を対抗することができ、乙事件被告らは、賃貸人の事前承諾に基づき甲事件原告から各占有部分を転借しているのであるから、甲事件被告に対抗しうる占有権原を有するものである。

三  前記賃借権設定登記が抹消されたことは、右登記以前に引渡によって生じた賃借権の対抗力を消滅させるものではない。また、甲事件被告は、甲事件原告が引渡命令の相手方たるべき債務者である旨主張するが、民事執行法八三条が同法一八八条により担保権の実行としての競売に準用される場合には、右八三条にいう「債務者」は「所有者」と読み替えるべきであることが明らかであり、同条が、執行手続の一環として、権原のない占有者に対し簡易な手続で買受人への引渡を命ずるものであることに鑑み、所有者以外の占有者がたまたま当該担保権の被担保債権の債務者であるからといって、その実体上の占有権原が消滅しあるいは無視されるものと解する余地はない。

四  以上の次第で、賃借権確認を求める甲事件原告の請求は理由があるからこれを認容し、占有部分明渡等を求める乙事件原告の請求は理由がないからこれを棄却し、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 野田宏)

<以下省略>

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